救護活動を第一線で行われた、(社)神戸獣医師会の会長である、旗谷動物病院の旗谷 昌彦先生にお話をお伺いました。
旗谷先生は、わずか震災発生4日後の1月21日、(社)兵庫県獣医師会、(社)神戸獣医師会、(社)日本動物福祉協会阪神支部の方々と「兵庫県南部地震動物救援本部」を設置されました。
震災当時のこと、また、ボランティア元年といわれたように多くの市民によって支えられ人々の力強さを実感されたことなど色々とお話して下さいました。
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また、今後いつ起こりうるか分からない天災に備えた食料等の備蓄、次に飼い主責任の徹底について平時から啓蒙を行っておくことが重要であるとおっしゃっていました。 特に多頭飼育、しつけが問題になるのと、災害発生時、将来的に引き取りの目途が立たない場合は、所有権放棄の決断か、自らが里親探しをしなければならないこと、さらに、最悪の場合、安楽死処分をも決断しなければならないこと等も指導していく必要があるともおしゃっていました。 私自身も、犬と一緒に暮らしております。命あるものと一緒に暮らす重さを心に留め、動物たちの為に日々出来る事は実行していこうと思いました。 |
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旗谷先生が色々とエピソードを話してくださる中で、突然「おもしろい話をしましょうか。」とおっしゃいました。 「震災後、神戸のペットショップからほとんどの動物たちがいなくなったんです。理由がわかりますか?」と。 私は色々なことを想像してしまいました。 旗谷先生は、「復旧の中、その日の生活もおぼつかない極限の中で、人間は動物たちに助けを求めたのです。彼らに、安らぎや癒しを求め、頼ったのです。」とおっしゃいました。 動物たちの芯の強さと、人間だけでは生きていけない、動物や植物がどれだけかけがえのない私たちの大切な仲間なのかをあらためて感じました。
阪神・淡路大震災に際し、前述したような大規模な被災動物を救う活動を誰が予想できたでしょうか? 動物福祉行政に関わる人々は、この地震によって、直接あるいは間接的に被害を受けた動物(被災動物)を救う必要性を痛感しつつ、なお「人」を優先しなければならない立場に悩み、このような思いは、当初、動物救護にあたった誰もが少なからず思い、肌身に感じたことでした。 しかし、地震直後から、被災動物を救うための物資ならびに人的提供が途切れなく寄せられました。この背景には、恐らく二つの重要な事柄があります。
一つは、「動物福祉」の精神であり、もう一つは動物が人間社会のなかで掛け替えのない存在になっていたということです。家族を失い、家を失い、生きる希望さえ失った人、あるいは震災により心に大きな傷を負った人々が、動物がいたから生きられたと語る人、動物を生かすために生きる力を得た人、また不安な毎日を送っている多くの人々が、動物と一緒に暮らすことにより、何とか心の安らぎを得ようとしたこと。
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この大震災は、コンパニオンアニマルという言葉が盛んに使われるなかで、確実に日本における動物の地位向上が認められたと同時に、人間がこの地震により心に大きな傷を負い、不安定な生活を送っているなかで、目に見えない精神的な痛手を、無意識のうちに動物を愛しむことにより癒そうとした行動、あるいは無心な動物と接することにより知らず知らずのうちに心の安定を得ようとした行動が浮き彫りにされたと言えるのではないでしょうか。
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