【連載コラム】「日々のあわい」(第5回)三年目の初夏の日

  1. ホーム
  2. GREEN DOG公式通販
  3. 犬との生活特集一覧
  4. 【連載】
  5. 「日々のあわい」
  6. 【連載コラム】「日々のあわい」(第5回)三年目の初夏の日

連載コラム「日々のあわい」(第5回)
三年目の初夏の日

のどかな田園風景

第5回

先日、以前飼っていた愛犬、ビビが亡くなってから三年目の命日を迎えた。
風来坊の私は、これまで住居を転々としていたという理由もあって、
ビビの遺骨はずっと埋めずに持っておこうと思っていた。
だが最近は、たぶん私はここで一生を過ごすだろうな・・・
と思いはじめていたこともあり、
三年という節目に、ビビの遺骨をこの土地の土に還す決心をした。

幼い頃から犬と一緒に育った私の夢は、
大人になったら自分だけの犬を飼うこと、だった。
「自分だけの犬」って言い方は、語弊があるかもしれないが、
社会人になったら、自分の収入で犬と暮らす、
つまりはそういうことだ。
そんな私の元にはじめてやってきてくれた待望の子が、
トイプードルの男の子、ビビだった。
ビビはやんちゃで、いつも予想もしないようなイタズラをして私を困らせたが、
甘えん坊で人懐っこく、愛嬌のある賢い子だった。

ビビと過ごした12年間は、
私がシンガーソングライターとして最も忙しく活動していた時期と重なる。
ただ、忙しいといっても、ミュージシャンとしての収入はわずかなものであったので、
平日はオフィスで働いた後、帰宅後に作曲をしたり、
土日はライブや地方遠征に出かけたりしていた。
ビビは留守がちな飼い主をどう思っていただろうか。
本当に、寂しい思いをさせていただろうことを、私は今でも悔やむ。
もっとビビと向き合って、限りある日々を過ごせばよかったと思うが、
あの時の私は、ミュージシャンとしての自分にしがみつくのに必死で、
どんな小さなチャンスも見逃さないよう、目をギラギラさせていた。
心は不安定で、カラカラに渇いていて、
現実を直視せず、どこか曖昧に遠い未来を見ていた。
ビビは、そんな私にいつでもまっすぐな愛情を示し、
癒やしを与えてくれる、唯一無二の存在だった。

ビビは散歩が大好きで、二人でのんびりと歩く毎日の散歩は、
私にとっても、心安らぐ大切な時間だった。
そういえば、足を骨折した時に、松葉杖をつきながら散歩に行ったこともある。
犬と一対一の関係というのは、
自分の身に何かあった時の保険がなく、
犬に不便をかけてしまうというリスクがあるが、
それゆえに濃密で、私たちはパートナーとして、固い信頼で結ばれていたと思う。

だから、そんな彼が、この世から消えてしまった時の悲しみは、
本当に、筆舌に尽くしがたい。
ビビは、12歳の誕生日を迎える4日前に亡くなった。

亡くなる1年半ほど前に、心臓弁膜症という病であることを告知された。
それから医者に通い、たくさんの薬を飲みながら、
それでも元気に過ごしてくれていたが、
亡くなる半年ほど前からは、運動は負担が大きいという理由で、
大好きな散歩にも行けなくなった。
私もなるべく遠出を避け、ビビとゆっくり過ごす時間が増えた。
あの一年半は、ビビが私のために用意してくれた、
心の準備期間だったのかもしれないと、今となってみれば思う。
もし彼が唐突にいなくなってしまったら、
私はどうなってしまったか分からないから。

亡くなる日の前日、もう一口もご飯が食べられなくなったビビの為に、
私は誕生日を祝うために用意していた材料で、
ビビの大好物であるバナナケーキを焼いた。
バナナの甘い匂いがオーブンから漂ってくると、
ビビは起き上がってきてクンクンと泣いてねだり、
冷ましてやると、一口だけ美味しそうに食べてくれた。
それが、ビビの最後の食事になった。

私は仕事で東京に行くことが決まっていたため、
ビビが亡くなった後、
押し出されるようにして、現実に戻っていった。
薄っぺらい膜に包まれた、重苦しい喪失感が、パンパンに膨らんでいて、
ふとした拍子にその膜は破れ、
私の全身から一気に溢れ出してしまいそうだった。
私は、ビビの死を乗り越えられず、
苦しみのトンネルから抜ける手がかりを、言葉に求めた。
そして、その頃繰り返し読んでいた、哲学者である池田晶子さんの本の中で、
こんな一節を見つけた。

「もう会えない」ということはどういうことかと考えてみると、裏から言えば、会えたこと自体が、そもそも奇跡的なことだったと気がつくことになる。つまり、なぜ存在するのかわからない宇宙に、なぜかわれわれは存在していて、なぜだかわからないけれども、その人と出会ってしまったわけです。

これを読んだ時、私の頭からすうっと暗いもやが引いていく気がした。
それと同時に、胸の奥から、ありがとう、ありがとうって、
何度も大きな声で叫びたくなるような、
愛しい、激しい感情が波のように押し寄せてきた。
そうだ、出会えたことが奇跡だった。
私の人生には、ビビとの出会いというビッグプレゼントが用意されていた。
世界中に何億匹といる犬の中で、たった一匹の彼と出会えたこと、
そして、共に苦楽を分かち合い、愛を与え合って暮らせたことは、
美しい、奇跡みたいな日々だった。
そんな風に、感謝にも似た気持ちがどっと沸き上がってきたのである。
その日から私は、ビビのいない世界を
少しずつ、少しずつ、受け入れていったように思う。

ビビの遺骨は、私の部屋からよく見える、梨の木の下に埋葬した。
遺骨を埋める時は思いっきり泣いたし、
大切な存在を失った悲しみは、これからも決して消えることはない。
だけど、出会えて良かったという喜びは、いつかきっと悲しみを超えていく。
もうこんな思いをするなら犬は飼いたくないと思ったこともあったけど、
今はそんな風には思わない。
私はきっとこれからも犬と暮らすだろう。
深く関わる命の数だけ、自分の人生が、奇跡に満ちた、
かけがえのないものになってゆく気がする。

*引用 池田晶子(著)『人生のほんとう』トランスビュー、2006年

プロフィール

秋山聡子

シンガーソングライター、文筆家(文芸思潮現代詩賞 奨励賞受賞)

1980 年生まれ。1 児(1 歳)の母。
父、母、息子、犬のルーク(ラブラドールレトリバー)、猫のグリ(元ノラ猫)と、兵庫県の田舎のほうに住んでいます。

連載コラム「日々のあわい」一覧

GREEN DOGへようこそ はじめての方へ伝えたい、わたしたちのこだわり。