私たち人間は犬の心をどれくらいわかっているのでしょうか?
前回、犬は私たちが思っている以上に人間の感情を察知している可能性があるというお話を紹介しました。では反対に私たち人間は犬の感情や心をどのくらい理解しているのでしょうか?
もちろん経験による個人差はあるのですが、近年の研究では人間が犬の感情を読み取ることが苦手であることを示す結果がいくつか報告されています。一般的に犬のどのような感情が見過ごされたり誤解されたりしがちなのかを考えてみたいと思います。
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小さい子どもが誤解しがちな犬の感情
犬が考えていることや感じていることを推測する時、私たちが手掛かりにするのは犬の表情でしょう。特に犬のボディランゲージに慣れていない人や子どもたちは顔の表情に頼る部分が大きくなります。
2018年にイギリスのリンカーン大学とベルギーのゲント大学が行った調査研究はこの点の危うさを明らかにしました。
この調査研究は3〜5歳の子ども124人と保護者40人を対象にしたもので、犬が不快感やストレスを感じている様子のビデオ、同じく不快感やストレスを示す声の録音を見たり聞いたりして、犬の感情を推測するというものでした。
子どもたちの半数以上が、ほぼ全ての犬の不快/ストレスを示す表情や声に対して「犬がハッピーだと感じている」という誤った回答をしました。例えば犬が歯を剥き出して唸っている表情は小さい子どもには笑顔に見えるせいか53%が「ハッピー」だと答えたということです。音声だけの唸り声に関しても半数以上が「ハッピー」だと回答しました。
犬が「それ以上近づかないで」というシグナルを出しているのに、子どもは「犬が喜んでいる」と誤解して近づいていくことを想像するだけで肝が冷える思いです。
犬が発している不快感や「近づかないで」というシグナルを読み違えてしまうのは子どもだけではありませんでした。この調査に参加した保護者たちは、さすがに犬が歯を剥き出している表情をハッピーだと感じた人は少なかったのですが、もう少し弱めの不快のシグナルについての正答率は子どもたちと大差がありませんでした。
大人たちも犬の感情を読み取るのは得意ではない
2022年にドイツのマックス・プランク研究所が行った調査では、19歳から73歳の92人が、犬、サル、子どもがそれぞれペアで何らかの関わり合いを持つビデオを見て状況判断をするというテストに参加しました。2頭の犬、2頭のサル、2人の子どもの行動や様子から、次に起こるのは「友好的な遊び」「特に何も起こらない中立的な行動」「攻撃的な対立」のうちどれかを予測する、または現在の状況は友好、中立、攻撃のどれかを判断するというものです。
この中で参加者全般に正答率が特に低かった(偶然のレベルよりもかなり低い)のは2頭の犬の攻撃的な行動の予測または状況判断でした。一方で遊びや中立的な行動については全般的に偶然のレベルを上回る正答率が示されました。
なぜ人間は犬の攻撃的な表情や行動を理解するのが苦手なのでしょうか。犬が遊んでいる時の表情は、人間が同じようなことをしている時の表情とよく似ています。しかし犬がストレスや不快を感じ、それを回避しようとしている時の表情は人間とは大きく違います。例えばストレスを感じて口角をギュッとあげている犬の顔は、人間が微笑んでいる表情に似ていることがあります。目を真ん丸にして横目や上目遣いで目の白い部分をチラッと見せる表情も、人間には犬が不快を感じていると伝わりにくいのかもしれません。
また研究者は、犬は人間にとって最も身近な動物なので人々は無意識のうちに犬が友好的であることを期待しているために、攻撃的な行動や状況の読み取りが苦手なのかもしれないとも述べています。
犬がどのように感情表現をするのか理解しなくてはいけない理由
犬が体で表現している感情を理解することは犬の生活の質を良くするためにとても重要です。「離れて欲しい」「そっとしておいて欲しい」と伝えているのに、グイグイ近づいて来られたら嫌な思いや恐怖につながります。それが長く続けば精神的なダメージになったり、攻撃的な行動として現れたりしても不思議ではありません。犬の表情やボディランゲージを人間に置き換えて解釈するのではなく、きちんと学んで知識を持つことは、犬の幸福と健康、周囲の人間の安全のための必須科目です。
前述のリンカーン大学とゲント大学の研究では、テストの後に参加者に対して犬のボディランゲージとストレスのシグナルを教える講習を行いました。講習後に再度テストを受けた参加者たちの正答率は大幅に上がっていました。子どもたちには6ヶ月後と1年後にも追跡テストを行なったところ、1年経っても講習で得た知識は保たれており高い正答率が示されました
。
一度きちんと犬の感情表現を読み取る教育を受けると、その知識は継続して活かされます。動物行動学を修めたドッグトレーナーから指導を受ける、オンラインセミナーを受けるなど、体系的に学ぶことが大切です。
おわりに
心理学や動物行動学など研究者による調査結果から、一般的に人間は犬が示す感情表現なかでも不快感やストレスに関するシグナルを読み取ることが苦手であるという報告をご紹介しました。同様の調査結果は多数発表されており、その中には犬の感情に関するテストでは犬を飼っている人の方が飼っていない人よりも正答率が低かったというものもありました。
言うまでもなく犬と人間は全く異なる種の生き物です。私たちが犬の身になって考えて自分に置き換えて想像することは全く逆の意味であることもあります。そこに気づかないでいると犬にとっても人にとっても不幸な結果しか招きません。
犬をしっかりと観察して考えることは大切ですが、観察した結果を正しく理解するための辞書や翻訳アプリとして正しい知識が必要です。
また「子どもは犬が歯を剥くと笑っていると解釈するかもしれない」ということも知識として持っておくと、愛犬の散歩中に会うよそのお子さんへの心構えにもなります。私たちは愛犬の通訳であり、周囲の人への橋渡しになったりガードになったりしなくてはなりませんね。
《参考URL》
Teaching Children and Parents to Understand Dog Signaling
https://doi.org/10.3389/fvets.2018.00257
Context and prediction matter for the interpretation of social interactions across species
https://doi.org/10.1371/journal.pone.0277783
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