ボタンを押して愛犬と会話?アメリカ発のトレンドから考える犬とのコミュニケーション
2020年頃からインスタグラムやTikTokなどのSNSを中心にして「会話をする犬」がちょっとしたブームを巻き起こしています。会話と言っても鳴いたり吠えたりと声を使うものではなく音声ボタンを使う方法です。
アメリカから始まったトレンドですが、現在では世界中の多くの国でこのボタンが人気になっているようです。
犬が音声ボタンを使って会話をするということを通じて、愛犬とのコミュニケーションについて考えてみたいと思います。
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始まりは言語聴覚士の飼い主と愛犬のステラ
2019年にアメリカの雑誌ピープルにチョコレート色のミックス犬ステラが「会話ができる犬」として紹介されました。
ステラはポンと押すと録音した音声が流れるボタンを使って、「外」「フード」「遊ぶ」など自分のしたいことや欲しいものを伝えることができるという記事でした。
ステラの飼い主クリスティーナさんは主に幼児を対象にした言語聴覚士で、前年の2018年にステラを家族に迎えました。クリスティーナさんはステラが何か要求を伝えたい時の様子が、仕事で接するうまく言葉が出て来ない子ども達とよく似ていることに気づいたそうです。
子どものスピーチセラピーには、タブレットを使って伝えたい言葉をタッチして音声で伝えるという方法があります。クリスティーナさんはステラも同じ方法でコミュニケーションできるかもしれないと考え、考案したのが前述の音声ボタンでした。
雑誌で紹介された翌週にはクリスティーナさんのインスタグラムのアカウントは5万人以上のフォロワーを集めることとなり、ステラはその後もテレビや雑誌で何度も紹介されました。
クリスティーナさんはステラに行ったトレーニング方法をウェブサイトやブログで公開しており、2021年にはステラについての書籍も出版され、多くの飼い主が音声ボタンを使って愛犬や愛猫とのコミュニケーションを試みるようになりました。
犬とのコミュニケーションは犬を独立した存在と認めることから
ステラの音声ボタンのトレーニングは「ボタンを押す」という行動と、押した結果起こることを条件づける『オペラント条件づけ(行動の条件づけ)』によって行われました。
最初は外に出るためのドアのそばに「OUT(外)」というボタンを1つだけ置き、外に出たい時にはボタンを押すという行動を飼い主さん自らがやって見せたところ、ステラは2週間ほどで外に出たい時にボタンを押すようになりました。
その後「水」「散歩」「トイレ」など少しずつ単語を増やして行き、現在のボタンの数は48、ステラはいくつかのボタンを組み合わせて2語文や3語文を作れるようになっています。
一般的に「ある行動の結果何か良いことが起こった」という条件づけにはトリーツが使われることが多いのですが、音声ボタンのトレーニングにはトリーツを使わなかったそうです。私はトリーツが不要であると読んだ時「犬にとって要求が理解されるということはトリーツに匹敵する(またはそれ以上の)良いことなんだ!」と、コミュニケーションの本質を見せられたような軽い衝撃を受けました。
自分に置き換えて考えてみれば、自分の考えや意思がスムーズに伝わる嬉しさというのはすぐに理解できます。しかし犬との関係ではついつい、人間の要求を犬が理解することに比重が傾きがちになります。ステラのトレーニングのエピソードは犬とのコミュニケーションについて改めて考えるきっかけをくれたと思っています。
クリスティーナさんはCBSニュースのインタビューで「ステラに言葉を教えるのと、普通にオスワリなどのコマンドを出すのとの違いは何ですか?」と聞かれた時に「私はステラが無条件にコマンドに服従することは望んでいません。ステラは自分で考えることができる独立した存在です。ステラには彼女自身の考えを表現できるようになって欲しかったのです」と答えています。
犬は自分で考えることができる独立した存在だという認識!彼らとのコミュニケーションを取る上で、この認識を持っているかどうかでどれほど大きな違いが生まれることでしょうか。常に胸に置いておきたいコミュニケーションの基礎だと思います。
犬は音声ボタンの言葉を理解して押しているのか?という考察
ステラが各種メディアで大きな注目を浴びたため、犬の認知を研究している科学者も関心を示しました。犬の認知に関する研究は数多く発表されていますが、犬が人間の言葉をその意味まで含めて理解しているという証拠は未だありません。
ボタンでコミュニケーションする犬は、言葉の意味は分からなくてもボタンの音声を記号として識別して利用しているのかもしれません。
または犬はボタンを押すと飼い主と関わり合うことができて楽しいから押しているだけで、人間が押したボタンに割り当てられた言葉に勝手に意味を持たせているのかもしれないという意見もあります。少し意地悪に聞こえますが、科学的な証拠を得るためにはあらゆる方向からの可能性を考える必要があります。
カナダのトロント大学とカリフォルニア大学サンディエゴ校の行動科学の共同研究チームは動物が音声ボタンを使って人間とコミュニケーションを取ることと理解の性質について、本格的にデータ収集と研究を開始しています。
ステラとクリスティーナさんの影響を受けて音声ボタンのトレーニングを始め、TikTokに動画を投稿し一躍有名になったバニーという犬がいます。同研究チームはバニーを中心として猫や馬も対象に調査を実施中です。予定では2022年に調査を終えて結果が報告されるとのことです。
この研究についての経過報告や参加希望者のためにtheycantalk.orgという専門のサイトが立ち上げられています。音声ボタンのトレーニングのコツなども書かれているので、興味のある方はご覧になってみてはいかがでしょうか。
おわりに
音声ボタンを使って犬と会話するというトレンドから犬とのコミュニケーションについて考えてみました。
もしかしたら科学的に検証した結果は、人間が思っているような「会話」とは違うものかもしれません。しかし4個セットのボタンからスタートして少しずつトレーニングをしていくことは犬にとって楽しいエンリッチメントになるのは間違いありません。
このトレーニングは人間が一方的にキューを出して犬が従うというものではなく、犬主体で始まることも大切な点です。トレーニングの過程で人間が犬の行動や表情にしっかりと注目して考えることが増えるのも良い点です。
私自身は音声ボタンを購入して愛犬をトレーニングする予定はありませんが、犬の求めていることを知ろうと努力する人が増え、犬と人間の双方向のコミュニケーションのきっかけになるなら、ボタンで会話するトレンドも悪くないなと思います。
《参考URL》
https://www.hungerforwords.com
https://www.theycantalk.org
【関連】犬が指さしジェスチャーを理解するのは生まれつきか?経験からか?
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